King's Ring

− 第10話 −




「静かだね…」
「ああ、そうだな」
塔の中で一晩を過ごした手塚とリョーマは、日が一番高く昇った時間になるのを待ってから、不二の元へと移動し始めた。
魔法を使えば一瞬の事だが、2人はあえて歩きで移動していた。
手塚は漸く戻って来られた自分の世界を、自分の身体で感じたかった。
リョーマは手塚のしたい事には口を出さずに手塚と共に歩く。
「…周助は気付いているのかな?」
柔らかな木漏れ日が降り注ぐ中、まるでピクニックにでも行くように歩く。
「どうだろうな。これでも一応は結界を張っているからな」
静かな森の中の道を歩く。
人を襲うような獰猛な獣は、人が歩く道には出て来られない。
子供だけでも安心して森の中を歩けるように結界を張るようにしている。
2人が歩いている道も誰かが張った結界の中。
その上に手塚が2人の気配を消すように新たな結界を張った。
「…周助が国光を傷つけるような真似をしたら、今度は俺が周助を…」
全ての記憶を取り戻したリョーマは、自分の所為で手塚を傷つけてしまった事を後悔していた。
もっと魔法を上手く使っていれば、不二に攫われる事は無かった。
不測の事態だと慰められても、実際に起きてしまい、自分と手塚は離れ離れにされてしまった。
守られるだけでは駄目なんだと、リョーマは覚悟を決めた。
「大丈夫だ。今回はお前がこうして傍にいるからな」
不二との戦いで愛しい相手に辛い想いをさせ、それが不安となって残っている。
リョーマの不安を拭い去りたくても、前回の件がある限り消え去りはしない。
ならば、その不安を完全に取り去る為に、不二との決着をつける事だけが手塚に残された手段だった。


「あの塔だね…」
「不二の、水の王の塔だな」
遠くからでも塔の姿は良く見える。
1人の王に1つの塔。
リョーマが住んでいた城からは6本の塔が全て拝められるが、それぞれの塔には微かな色がついている。
使用している石材が異なるのか、それとも王の力なのか?
それは誰にもわからないが、手塚の塔は光を混ぜ込んだような輝きを放ち、今から向かう不二の塔は海の色を加えたように薄い水色をしていた。
他にも炎の王の塔は赤よりも薄い朱色をしており、聖の王は柔らかい乳白色で、闇の王は灰色と、全てが異なる色だが、風の王の塔だけは石材そのものの色をしているが、塔の周囲を鮮やかな緑が囲っていて、独特の雰囲気をかもしだしていた。
「…何か、変な感じがする…」
塔を見上げていたリョーマは、手塚の腕にぎゅっとしがみ付く。
「変な感じとは?」
「…冷たい。周助はもっと温かいのに……何…誰かいる?」
カタカタとリョーマの身体が震える。
「リョーマ、塔から気を逸らせ」
腕を掴む手の温度が次第に下がっているのを感じ、慌ててしがみ付いていた腕を剥がし、手塚はリョーマを包み込むように抱き締める。
手塚との交わりによってリョーマの指輪としての力は更に磨きが掛かり、この場からでも不二の気を感じ取っていたのだが、塔内には不二以外の気もあり、そちらの気の方が強くてリョーマの身体に影響が出ていた。
「……はぁ…」
手塚の温もりに全ての意識を向けたリョーマは、暫くしてから乱れた鼓動を整えるように大きく息を吐いた。
「大丈夫か?」
そっと身体を離した手塚はリョーマの顔を覗き込む。
少し青褪めた色をしているが、時間が経つにつれて元の色に戻る。
「…もう平気だよ。でも、すっごく嫌な感じだった。あんなの周助の気じゃないよ」
かなり離れているこの距離からでも感じる気は、身体中を蝕むほどの冷たさと嫌悪感しかなかった。
本来の不二が持つ気はもっと温かくて気持ちが落ち着くのに、全く反対の気しか感じられない。
「やはりな…」
リョーマが感じ取った気は不二のものではないが、誰なのかは手塚にもわからない。
「誰なんだろね…」
「わからないが、そいつが不二を操っていると考えて間違いないだろうな」
「うん、そうだね。きっとそいつのせいで周助はおかしくなっちゃったんだ」
不二の様子が変わってしまった原因は確信した。
後は、解決に向けて行動に移すのみだった。


「リョーマ、結界を解くぞ」
「うん、いいよ…」
城には入らずに、塔の背面に近寄る。
城の中に足を踏み入れてしまえば、もしかしたら不二に操られている家臣達が襲ってくる可能性がある。
そうなれば、手塚はその人達を抑えるために魔法を使わざるを得ない状態になるが、他の人達を巻き添えにする訳にはいかない。
今は、不二との決着の為にここにやって来ているのだ。
必要なのは不二本人だけ。
「…不二、俺はここにいるぞ」
リョーマを胸に抱き、手塚は小さく呟いた。
どれだけ小さな声でも、結界を解いた事で手塚とリョーマの気配は不二に気付かれているだろう。
わかっているからこそ呟き程度にしておいた。
「…まさか、君がリョーマ君と来るなんて思わなかったよ」
どこから現れたのか、何時の間にか不二は2人の前に立っていた。
穏やかな笑みを浮かべているのに、どこか違和感があるのは、不二の周囲にまとわりつく嫌な気配からだった。
「単刀直入に言わせてもらう。お前は誰だ」
「何言ってるの?僕は不二周助だよ。それ以外の誰でもないけど?」
クスクスと笑う不二。
笑う姿も以前の不二と何ら変わらないようだが、やはりどこか違う。
「ならば、出て来てもらうだけだな…光よ」
手塚は静かに右手を前に出すと、力強く拳を握り、すぐに上向きで開く。
その手の中からは無数の光の粒が現れ、ふわふわと宙を舞い、不二の周囲を囲む。
「何、これ?こんなので僕に攻撃でもするつもり?」
クスクスと軽く笑いながら粒の1つを掴み、ぎゅっと握り締める。
触れても痛みや熱などは一切感じず、不二はこれをただの浮遊物と認識していた。
「これはお前に対しての攻撃はしない。お前の中にいる者に攻撃をするだけだ」
「僕の中?僕の中に誰がいるっていうんだい?」
柔らかな笑みを浮かべているのに、目だけは静かに手塚を捉える。
「さあな、それは俺にはわからない…」
「バカバカしいね……ん?何、何だ…これは…く、苦しい」
攻撃など一切していないのに、不二は苦しそうな声を上げてその場に跪いた。
しかも、呻く声は不二のものと全く異なる声だった。
「貴様、俺に何をしやがった…」
額から脂汗が滲み、涼しげな瞳には明らかに不二とは異なる色になる。

そして、驚くほどの乱暴な言葉遣い。
「この光は悪意を持つ者のみを攻撃し続け、最後には消滅させる。あの時にお前の存在に気が付いていればこの攻撃をしていたが、迂闊にも俺はリョーマに気を取られていたからな」
「消滅だと…くっ、こんな光で俺様を消滅など出来るものか!」
大声で叫んだ後、不二の身体からは不気味な黒い塊が抜け出した。
不二の身体は重力に引っ張られるように地面へと倒れ、不気味な塊はまるで光から逃れるかのようにズルズルと背後に移動していき、その物体は次第に何かの形を作り上げていく。
「…何、あれ?」
「あれが不二を操っていた奴なのだろう」
正体がわからないので、2人ともその場から動けない。
その間にも、ただの黒い塊は生き物、いや、人間の形に変化していく。
「…まさか、貴様にここまでの力があるとは…いや、指輪の力か…」
人の影のような物体には顔を創る目や鼻、口などのパーツはどこにも無いのに、まるで口が存在しているかのように言葉を話していた。
「お前は誰だ?」
全く聞き覚えの無い声に、手塚はリョーマを抱き寄せながら眉間に皺を寄せる。
「俺様か?俺は漆黒の王。こいつを操って指輪を頂くつもりが、逆にやられるとはな。…だが、次は必ず頂く…」
「漆黒の王だと?お前はこの地の者では無いな。何故、指輪を狙う」
「指輪を得るのはこの世界の全ての王に権利がある事を知っているか?たとえ、この地の王で無くともな…」
「それで、不二を操ってリョーマを…」
この漆黒の王と名乗る者に長年操られていた不二は意識を失って地面に伏している。
「何年も掛けて行動していたのにな。貴様の居場所を把握しなかったのは俺の誤算だったな…」
「…リョーマは貴様になど渡さん」
抱いていた腕に力を込めて、睨み付ける。
「誰もお前から貰いやしねぇよ。欲しい物は奪うだけだ…その日までいい子にしていろよ…リョーマ」
リョーマの名前を言ったところで、黒い物体は溶けるようにして宙に消えた。

「…消えたの?」
嫌な気配がこの地から完全に消えても、警戒して動けない。
「そうらしいな」
漆黒の王という、この地に居ない存在が何年も不二の中にいても、誰も気が付かなかった。
これまで何も起こらなかったので、危機感というものが欠如している。
手塚は王として何かをしなければならないと、己に誓いを立てた。
「…ん、うぅ……」
「周助?」
気が付いた不二の元に手塚とリョーマは駆け寄る。
手塚が不二の身体を抱え上げると、不二はゆっくりと瞼を開いた。
「手塚…それにリョーマ君……ごめん」
それだけを言うと、不二はまた瞼を伏せた。
「周助?」
「気を失っているだけだ。城に連れて行こう」
「…うん」
心配そうに不二の顔を見つめているリョーマに、手塚は安心させるように言うと、不二を背負い目の前に建つ城に向かい歩き出した。




終盤なの?